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忠犬ハチ公の歴史

ハチ生前

1923
大館市大子内(おおだてしおおしない)・斎藤義一宅で、父犬「大子内山号(おおしないやまごう)」、母犬「ゴマ号(ごまごう)」の間に生まれる。
1924
東京帝国大学農学部・上野英三郎博士のもとに贈られ、「ハチ」と名付けられる。
1925
上野英三郎博士が急逝。
1932
渋谷駅近くで過ごすハチのことを伝える「いとしや老犬物語」の記事が新聞に掲載されたことをきっかけに一躍、有名犬となる。
1934
東京・渋谷駅前に「忠犬ハチ公像」が建立される。除幕式には、ハチも参加した。
1935
3月8日、ハチ死亡。7月、大館駅前に、忠犬ハチ公の銅像が建立される。

ハチ没後

1944
第二次世界大戦で金属類回収令が公布され、渋谷の初代ハチ公が供出される。翌年、大館のハチ公像も供出される。
1948
「ハチ公銅像再建委員会」が結成され、8月、2代目「忠犬ハチ公像」が渋谷駅前に建立される。
1987
大館駅前にハチ公銅像が再建される。
※現在は「秋田犬の里」に移設
2012
上野博士の出身地・三重県津市の近鉄久居駅前に「上野英三郎とハチ公」の銅像が建立される。
2015
東京大学農学部キャンパスに「ハチ公と上野英三郎博士像」が建立される。
2019
大館駅前に、2代目の渋谷駅をモチーフとした観光交流施設「秋田犬の里」がオープン。
2020
渋谷駅のハチ公前広場で使用されていた鉄道車両「青ガエル」が大館市に譲渡され、大館駅前にある「秋田犬の里」の芝生公園に移設される。
2022
ハチ公生誕100年プロジェクト始動。
2023
ハチ公生誕100年!!!

ハチ公100年物語

大正12年(1923年)11月、ハチ公は秋田県大館市で産まれました。

ちょうどその頃、東京帝国大学農学部教授・上野英三郎博士が、純系の日本犬を探しており、生後50日前後の幼犬が博士のもとへ贈られました。幼犬は「ハチ」と名付けられ、博士とともに食事をするほど可愛がられました。

やがてハチは立派な秋田犬に成長し、博士の送り迎えもするようになりました。ハチと博士の間には強い絆が結ばれましたが、大正14年(1925年)、大学の教授会の後の懇談中に、博士は脳溢血に倒れ、急逝してしまいました。

博士の没後、ハチは浅草などに預けられ、世田谷で上野夫人と暮らしました。しかし渋谷方面に行ってしまうため、夫人はハチの心情を想って代々木の小林宅に預けました。するとハチは毎日渋谷駅に通うようになり、暑い日も、雨の日も、雪の日もハチは改札口前に座り続けました。

このようなハチの姿に、いつしか多くの人々が同情を寄せるようになりました。次第に弱り始めたハチを気遣い、渋谷駅の職員も面倒を見るようになりました。

昭和10年(1935年)、ハチは海外に紹介されたり、映画に出演したりと有名になっていましたが、フィラリアなどの病気により、3月8日、11年の生涯を終えました。

ハチは、青山墓地の上野博士の墓の傍らに眠っています。

ハチと博士の人と動物の繋がりを越えた絆の物語を、
この先の未来へと届けるため、ハチ公が生誕100年を迎える2023年11月に向け、HACHI100プロジェクトが始動します。

HACHI100プロジェクト

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